俳句から紐解く土方歳三の人物像

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こんにちは。かる丸です。

 

土方歳三の趣味が俳句だったというのは新選組ファンの中でも有名な話ですよね。

 

京の都では「鬼副長」として恐れられていた彼からすると意外な趣味にも思えますが、江戸にいた頃は優しく陽気なところもあったようです。

 

多くの作品によって土方歳三のイメージというのは固定されてきていますが、本来の彼はどのような人物だったのでしょうか。

 

今回は歳三の俳句から彼が何を思い何を感じていたのか、その実像を見ていきたいと思います。

 

 

土方歳三と俳句

歳三は『豊玉発句集』という句集を残しています。

 

"豊玉"というのは歳三の雅号です。

歳三の諱である"義豊"の『豊』と家の近くを流れる"玉川(多摩川)"の『玉』をとったものだと云われています。

 

また、句集の表紙には『文久三亥の春』と記されていることから、浪士組に参加することになった歳三が上洛前に今まで詠んだ句を纏めて編んだとされています。

 

歳三の祖父である義徳や実兄の為次郎、義兄の佐藤彦五郎も俳句を嗜んでいました。

その影響で歳三も自然と俳諧に親しむようになったのでしょう。

 

しかし、歳三の句はよく「下手」だと評されます。

これは司馬遼太郎先生がそう評した影響も強いのですが、確かにお世辞にも「上手い」とはいえない句が多いです。

私は俳句の知識はあまりないのであくまで素人意見ですが…。

 

芹沢鴨が投獄されている時に詠んだとされる辞世の句は上手いなあと感じます。

雪霜に 色よく花の先駆けて 散りてものちに 匂ふ梅が香

真っ白な雪景色に赤い梅の花というコントラストや、香を想像させるところから視覚にも嗅覚にも訴えかけてきますよね。

更に「たとえ攘夷の先駆けとなって散っても、自分の志は散った後も残り、受け継がれるだろう」といった意味も読み取れます。

 

対して歳三の句は見たまま、感じたままを詠んでいることが多いです。

私が裏の意味まで読み取れていないだけかもしれませんが…(笑)

 

でも、だからこそ彼が何を思い何に感動したのか分かりやすいんですよね。

 

それでは歳三が残した句をご紹介していきます。

なお、訳はあくまで私の解釈です。

本当に俳句には詳しくないので、そこだけはご理解ください。

 

さしむかふ心は清き水かゝみ

『豊玉発句集』では一頁に5句ずつ書かれていますが、最初の一頁にはこの句だけが真ん中に記されています。

 

「相対する者たちは、少しも波立たない水面に写したように同じ志を抱き清らかである」という意味でしょうか。

 

歳三と相対して座っているのは沖田総司であり、沖田総司の辞世の句はこの歳三の句への返句である___という解釈があります。

その沖田総司の辞世の句とされているのはこちら

 動かねば 闇にへだつや 花と水

この"花"が総司自身で、"水"は歳三を例えているというんですね。

歳三の句にもあった"水"が出てくるところから返句とされています。

 

しかし、この解釈はほぼ有り得ないといってよいでしょう。

 

なぜなら、この解釈を唱えているのは新選組研究家の菊池明氏ですが、現在に至るまで沖田総司の辞世の句を見たと言っているのはこの菊池明氏しかいません。

 

その為、この沖田総司の辞世の句は捏造の可能性が高いです。

 

更に歳三のこの句も、歳三自身が詠んだものではないかもしれないのです。

 

江戸時代前期に盤珪永琢という僧侶がいました。その僧侶が詠んだ和歌の中に、よく似たものが存在しています。

 差向う心は清き水鏡 よしあしうつる影は止めじ
 差向う心ぞ清き水鏡 色つきもせずあかづきもせず

 

ひとつめの和歌は前半部分が完全に一致していますね。

どちらも波立たない清らかな心を詠んでいるように思えます。

 

ここまで一致する句を歳三が偶然詠んだとは考えにくいです。

何より『豊玉発句集』で一頁目にこの句だけを記しているところから、これは歳三の"お気に入り"であったのではないでしょうか。

 

そうであったとすると、歳三の句も「相対する者たちの心が水面のように清らかで同じである」と解釈するのは間違っているかもしれません。

僧侶の和歌のように、「心が水面のように曇りもなく清らかである」といった意味が正しいように思えます。

 

歳三がこの句を最初に書いたのは、このような句を詠みたいと目標にしていたか、もしくはその意味のように「曇りのない清らかな心」を目指していたのでしょうか。

 

歳三にとっての「座右の銘」のようなものだったのかもしれませんね。

 

裏表なきは君子の扇かな

扇は裏と表が一致しています。

そのことから、「立派な人物は裏表がないものだ」と詠んだものです。

 

ただ、復本一郎氏は著書「『豊玉発句集』全評釈」の中で、この句に類似するものがあると述べられています。

   裏表なくて涼しき団扇哉      比川

 この句が掲載されている『新類題発句集』は寛政5(1793)年に発刊されたものなので、歳三より先に詠まれたものです。

 

歳三、またもやお手本にしたのでしょうか(笑)。

 

ですが、最初の「心は清き水かゝみ」もこの句も、歳三が「こうなりたい」もしくは「こうあるべきだ」といった高い志を持っていたことが伺えます。

 

水音に添てきゝけり川千鳥

川の水音と千鳥の鳴き声が重なって聴こえる様子を詠んだものですね。

 

千鳥の季語は冬です。

寒い冬の澄んだ空気の中、川の水音にあわさって千鳥の鳴き声が聴こえる___。

 

とても静かで綺麗な様子が浮かびます。

歳三も目を閉じてその音に聴き入ったりしたのでしょうか。

 

手のひらを硯にやせん春の山

言うまでもなく季節は春ですね。

 

「自分の手のひらを硯にしてでも、浮かんだ句が消えないうちに書き留めたいほど目の前の春の山の風景は美しい」といったところでしょうか。

 

歳三がどの時期に詠んだのかは不明ですが、薬屋の行商をしている時か出稽古に行く道中で、春山の美しさに心を打たれてつい足をとめる姿が想像できます。

 

白牡丹月夜月夜に染めてほし

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「白い牡丹の花よ、月の光で一層白く染まってほしい」

 

季節は夏。

少し女性的な句のようにも感じますが、個人的にこの句が一番と言ってもいいくらい好きなんです。

 

とても美しくてロマンティックじゃないですか?

響きも綺麗だと思います。

 

白が際立つ句ですが、もしかすると「白い牡丹の花よ、月夜のたびに鮮やかに色づいてほしい」という意味で、『白い牡丹』は女性を例えているのかもしれませんね。

そう考えると何だか艶っぽい句に感じてきます。

 

願ふことあるかも知らす火取虫

火取虫(ひとりむし)は、夏の夜に灯に集まってくる虫のことです。

蛾(が)に代表されます。

 

明るさに引き寄せられ、命を落とす虫たち。

そんな虫にも何か望むものがあったのかもしれないなあ___と思ったのでしょう。

 

京では厳しい掟のもと隊士たちを粛清し、「鬼の副長」とも称されましたが、本来は小さな虫の命にも目を向ける人物だったんですね。

隊士たちを処断しながらも、その実は心を痛めていたのかもしれません。

 

「飛んで火に入る夏の虫」という諺もありますが、願いを抱きながら自ら危険な場所へ飛び込んでいく姿はのちの新選組に重なるものがありますね。

 

露のふるさきにのほるや稲の花

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「稲の花が朝露の降る稲穂を登るようにして咲いている」という意味でしょうか。

 

「稲の花」は実際は花ではなく穂のことを指している歌が多いそうですが、歳三のこの句も稲の穂のことだとすると訳が難しいですね。

 

ここはそのまま「稲の花」だとして考えてみます。

稲の花は朝の内に咲き2~3時間でその命を終えるので、露は夜露ではなく朝露となります。

 

稲の花が咲くのは立春から数えて二百十日の頃。

台風が多いので農家にとっては心配な季節でもあります。

当然、農家出身の歳三も稲の成長を見守っていたことでしょう。

 

少し肌寒い秋、心配しながら毎日稲を見る歳三。

そのうち稲穂は朝露を身に纏いながら、穂先に花を咲かせた____。

 

なんとも生命力を感じる句です。

多摩の田園風景の中で過ごしていたことが伝わってきますね。

 

おもしろき夜着の列や今朝の雪

「夜着」は大きな着物の形をしたものに綿を入れた寝具の一種です。

今でいう掛布団のような役割でした。

 

夏場はさすがに暑いので、夜着より綿の少ない「掻巻(かいまき)」というものが使われていたそうです。

 

つまり『夜着』というだけで冬の季語となりますが、この句には『雪』という語句も入っているので季重ねになっています。

 

「目が覚めて、あまりに寒いので夜着を羽織って外を見ると雪が積もっている。

雪だ雪だと皆が集まり、居並ぶ姿の面白さ。」

 

歳三の句が全て本人が体験したものではなく、よくある人々の情景を捉えたものもあるかもしれませんが、もしこれが歳三が実際に見た光景だとすると…

 

それは実家でのことでしょうか、佐藤彦五郎邸でのことでしょうか。

それとも、試衛館での朝かもしれません。

 

もしも試衛館の門人や食客たちの光景だとすると、後にその名を轟かせる剣豪たちが分厚い夜着にくるまり、揃って雪を見ている姿は確かに面白いですね。

 

菜の花のすたれに登る朝日哉

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これも見たままの句です。

「簾のような一面の菜の花畑の向こうから朝日が昇ってくる」様子を詠んでいます。

 

『菜の花』と『日昇』というのは句では定番で、この歳三の句は捻りもなく、言ってしまえばありきたりです。

でも、春の穏やかな気候の中で菜の花畑に朝日が昇る様子はのどかですね。

 

歳三の句はとても素朴であると思います。

日本一周をしたり名所巡りをしていたわけではないので当然ですが、日常の光景を捉えたものが多いんですよね。

 

そんな当たり前の光景も美しいと思える人物だったことが伺えます。

 

しれハ迷ひしなけれハ迷はぬ恋の道

これはもう、歳三の句の中でもかなり有名な一句です。

 

恋というものは知れば迷いがでてしまう。恋などしなければ迷うことはないのに。

 

という意味でしょうか。

たまに「知らなければ」と覚えている人もいますが、正しくは「しなければ」です。

 

この句だけ発句集では丸で囲まれています。

これは「よく出来た!」という意味ではなく、ボツということです。

 

歳三もこれは駄作だと思ったのだろうとよく言われています。

でも、もしかしたら書いた後で恥ずかしくなったのでは?と思ったり(笑)。

 

もしくは「恋などに悩んでいる場合ではない!」と思ったのか、まさか失恋してしまったのか…。

いろいろ想像が膨らみます(笑)。

 

創作では百戦錬磨のように描かれる歳三ですが、いくらイケメンでもそこは人間。

思うようにいかない恋に悩んだこともあったのかもしれませんね。

 

ちょっと休憩

さて、ここまで9句をご紹介したのですが、『豊玉発句集』には41句もあるわけで…

中途半端ですが本日はここまでとさせて頂きます…!

※更新しました♪現在は10句です。

 

記事をいくつかに分けて公開することも考えましたが、読者の方が続きを読むには別の記事に飛ばないといけないのは不親切かと思いましたので、この記事にどんどん追記していきますね。

 

もしこの記事に興味を持っていただけたら、たまに覗いてくださると嬉しいです♪

少しずつ更新されているかと思います!

 

では、また。